匿名希望さん 女性 41歳
「質問されて答える」形にこだわるのはなぜなのか、よくわかりません。
別に質問されなくても、話したいことは自分から話してしまえばいいのではないでしょうか。
そうしているうちに、ノリコさんがオープンな人だとわかれば、それに応じてお相手からの質問も出てくるかもしれません。
メールが尋問のようになるのを嫌う人もいますから、ノリコさんを警戒させないように「オレ話」をしている可能性もあります。
(私が以前メール交換していた方がそうでした。)
また、直接的な質問だけが、相手を知ろうとすることではないでしょう。
お相手の「オレ話」に、ノリコさんは、どのようにリアクションされているのでしょうか。
リアクションとして「私も~です」「私の場合は~です」を期待されている気配はありませんか?
リアルの会話でも同じですよね。
相手の仕事を知りたいとき、自分の仕事の話をするとか。
相手がそれを受けて自分の仕事の話をしてくれて、さらに今日の職場での出来事やそれに対して感じたことを話してくれて、あなたがまたそれを受けてご自分の職場の同僚について話して、・・・
そんなふうに進んでいく会話もありますよね。
私はむしろ、急な質問で無理やり話題を変えられるようなやりとりより、そういうふうに自然に発展していく洗練された会話の方が好きで、それが長く続く相手に惹かれます。
自分と相手に同じ程度の読解力と洞察力と社交性、それに相手に対する関心があって成立するやりとりですから、それこそ「相性」というものだと思うのです。
もし、ノリコさんの話を全く相手が受けてくれなくて、トンチンカンなやりとりになっているのだとしたら、お相手は複数の方に同じ内容のメールを送っているかもしれませんので、短絡的に「メールが巧みなタイプのほうが誠実」ともいえません。
その点はご注意ください。
要するに、結局は「こういうメールだから誠実」「こういうメールだから思いやりがない」なんていう判断はできないということなんだと思います。
