匿名希望さん 男性 44歳
奢ってもらうことに慣れるって、一つの悲劇ですよね。
奢ってくれる人がいない食事なら自分の分は当然自分が払うわけで、仮に目の前に相手がいて奢ってもらえそうだとしても「自分の分を自分が払う」のが本来当たり前なんですが、奢ってもらうことに慣れてしまったがばっかりに奢ってもらえるのが当たり前、お財布もお礼のお辞儀も一応見せるだけ、奢ってもらえないことが思いっきり減点対象となってしまいます。
客観的に見て、悪い価値観を植え付けられたみたいに映りますよ。
「(自分の分すら)払ってまでも逢いたくない」というのは僕には拒絶としか思えないです。お店に対する当然の対価すら自分で払う気がないなんて。
そんな気持ちになる相手とは会うべきではありません。
もっとも、バブル期を経た日本社会ですから結婚相談所の人なども、男性のプライドがあるので食事は奢ってもらって下さい、その分次お会いするときに何か手作りのお菓子など渡してあげると喜ばれますみたいなことを言うかもしれません。
僕にはそれも時代遅れかなと思います。時代遅れの人たちが運営しているシステムだからそうなっているだけかなと。
本来自分が払うべき対価をお相手に払ってもらえるありがたみを、しっかり感じることが出来る人がこの先幸せを掴める人なんじゃないかなと僕は思っています。
他にもデート中の相手の気配りであるとか、自分のためにしてくれたちょっとしたこととか、そういうことにありがたみを感じるということがきっと人として大事なんだと僕は思っています。
きれいごとですが、最初くらい理想を実現しても良いと思います。
否定しないけど・・・の人が拒絶クラスの否定につながる、ということの悲劇。そうですよね、結局打ち切るでしょう?
「自分の分を当たり前に支払ってでも逢いたい」という人に早く出会えると良いですね。