匿名希望さん 男性 53歳
オクテって、大変ですよね。私も学位を一つ取得するまでは、ずーっと恋愛はしたことがありませんでした。
何だかこの方面にいったん手を出したが最後、自分の安寧の日々は過ぎ去り、あてどもなく彷徨う運命が待っている、だから、これからクリアすべきものが残っている段階で、絶対に軽々しくこの方面に手を伸ばしたりすべきではない、こんなものにまきこまれたら、下手をすると、どうしてもプロとしてこの分野で仕事がしたい、と、そればかり考えてきた自分の人生がめちゃくちゃになってしまう可能性だって(自分のことだから、あえて忠告するけど)、十分にあると考えるべきだ、と。
果たして、自分自身についてのこの予想?というべきか、あるいは、警告というべきか、何れにせよ、ほとんどピタリとあたり、それからの日々は、例外的に穏やかな日々が続く時期もありましたが、概して、恋愛については、激しいアップリカダウンを繰り返すようなパターンばかり経験する時期が続きました。
これは、ある意味では当然の結果で、というのも、こうした恋愛の相手を振り返ってみると、どのひとも通常の人間の何倍も個性的で、ある意味で、私がわざわざ自分から苦労するような相手を選んでいるのですから、うまくいかないのは当然としか言いようがないのです。
こうした恋愛は、お互いの気持ちがついに通じた、と感じる一瞬が強烈で、これがあるから相手をとことんまで愛しぬいてしまう。その結果としてすごく得るものも大きいけれど、不安定で何とか維持しようと頑張ったけれど、結局、破局せざるを得ない。その際に、頑張ってしまったぶん、破局後の苦しみもそれだけ大きくなって心身のダメージとしてしばらく消えずに残り、ここから立ち直るのには、ほんとうに苦労しました。
冗談ぬきで、もし学位を取得する前に恋愛にはまっていたら、ほんとうに学位の取得に失敗して、今の私はなかっただろうな、と思うこともあります
今ではだいぶ違いますね。そもそも、自分の生きかたを自分自身で肯定的に評価できるようになっています。こうした自己肯定の意識があると、自分の生きかたを100%、いや、むしろそもそも相手のためにとことんまで尽くすことこそが自分にとって自分がこの世界にいることの意味を実感させてくれるのだ、といった価値観に振り回されることをバカバカしい人生の浪費だ、むしろ人生とは自分のために使ってこそ価値があるのだ、と思えるようになります。そうすると、たとえば今、相談者さんをとらえて離さない劣等感から抜け出すためのヒントも、このほうがくにある、と考えてもいいでしょう。
で、私が相談者さんの話をうかがってひっかかったのが、①すごく恋愛経験のないことを引け目に感じる気持ちが強いこと、②恋愛をどう楽しんだら良いのか、わからない、裏を返せば、恋愛には正しい楽しみかたがあるはずなのに、自分はそれを知らない、と考えがちなこと、③そんな自分の真の姿と、「外見」とのギャップが大きくて、相手に誤解されて困っている、という3点です。
ーー今しがた、劣等感という言いかたをしましたが、この場合の劣等感はちょっと特殊なもののように見えます。というのも、どれもこれも、相談者さんがそれぞれについて、「これが正しい恋愛経験の積みかただ」「これが正しい恋愛の楽しみかただ」「これが私のような恋愛経験しかないプレイヤーにとって正しい外見だ」といった感じで、いずれの場合でも、ご自身でそれぞれについて「正しい」基準がある、と想定して、その想定に照らして自分はそれがわかっていないからダメなのだとお考えのようですね。
でも、これは単純な自縄自縛に過ぎない、というのが、私のアドバイスです。要するに、そんな「正しさ」なんてありません、とにかく目の前の人と、その場をいっしょに楽しむことを考えていれば十分では?かえって「正しさ」を知らないからこそ自由に振る舞うことも可能ではないでしょうか? で、まずは素のままでどれくらい魅力をアピールすることに徹してみていいのではないでしょうか?
